よくある誤解 · フランス料理

チーズを載せるとサヴォワ風になるグラタン

ドーフィネ地方のじゃがいものグラタンは、牛乳と生クリームだけで焦げ目を作り、チーズを載せません。1788年の晩餐の記録と隣のサヴォワとの違いから、その作り方を追います。

公開 · 読了目安 7分

じゃがいものグラタンに、チーズは入らないのか

薄切りのじゃがいもを重ねて焼いたグラタン・ドフィノワ

日本のポテトグラタン

日本でポテトグラタンといえば、ホワイトソースをかけたじゃがいもにチーズを載せ、オーブンで焼き色を付けたもので、焦げ目はチーズで付けます。フランス南東部のドーフィネ地方で同じ料理を頼むと、出てくるのは薄切りのじゃがいもを牛乳と生クリームの中で焼いただけのグラタン・ドフィノワで、チーズも卵も入らず、表面の焼き色はチーズなしで、牛乳と生クリームだけで付いたものです。チーズを抜いても焦げ目は付きますが、チーズを溶かすより時間がかかり、牛乳と生クリームが色づくのを一時間待つことになります。

リヨンの情報誌リヨン・キャピタルは、グラン・ラルース・ガストロノミックを引いて、四つの山の地方の本当のグラタンは「チーズも、牛乳も、卵も入らない」と書き、グルノーブル控訴院の元院長ルネ・フォンヴィエイユの「卵はグラタンからなめらかさを奪う」という言葉を添えています。牛乳か生クリームかは資料で分かれていて、ラルースは生クリームだけとし、料理人ローラン・グラは牛乳と生クリームを500mlずつ合わせています。

焼き色は牛乳と生クリームだけで付く

チーズの焦げ目が近道なら、ドーフィネの焦げ目は低い温度で一時間焼いて付けるものです。作り方は、生のじゃがいもを薄く切り、水にさらさずに、にんにくをこすりつけた器に並べ、牛乳と生クリームとナツメグと塩を注いで低めの温度で一時間ほど焼きます。さらさないのは、切り口に出た澱粉が牛乳と生クリームを抱えてとろみになるからで、洗うと牛乳と生クリームがじゃがいもから分かれて水っぽくなります。表面の焼き色は、牛乳と生クリームに含まれる糖分とタンパク質が熱で色づいたもので、チーズを載せなくても一時間のあいだにできる薄い金色の膜です。

じゃがいもの品種で仕上がりが変わり、澱粉の多い粉質の品種は牛乳と生クリームに溶けて層が一つにまとまり、煮崩れしにくい品種は形は残るぶん牛乳と生クリームとの一体感が弱くなります。生クリームだけでは重く、牛乳だけでは軽いとされ、合わせる割合は家ごとの選択で、どの割合でもチーズを足さないことだけが共通しています。

器に薄切りのじゃがいもを重ね、牛乳と生クリームを注いだ焼く前のグラタン
薄切りのじゃがいもを重ね、牛乳と生クリームを注ぎ、胡椒を振った焼く前の状態を示したイメージ。

1788年の晩餐

活字に残る最も古い記録は1788年7月12日の晩餐です。ドーフィネの副総督だったクレルモン=トネール公がギャップの市参事を招き、オルトラン(小鳥の料理)に添えてグラタンを出したと、1893年にイゼール県の文書保管官オーギュスト・プリュドムが報告書に書いています。この晩餐より前の記録は見つかっていないとされていて、1788年を最初の記録として引くときの根拠はこの報告です。

当時の献立には「グラタン」とだけあり、「ドフィノワ」の名は付いていません。ドーフィネの地元紙はこの記録がじゃがいものグラタンを指すかどうかは確かめられないと書いていて、1788年を誕生の年と言い切れるかは資料の読み方で分かれます。料理人オーギュスト・エスコフィエが1903年の『ル・ギード・キュリネール』に載せたグラタン・ドフィノワはチーズを混ぜるもので、1788年の晩餐はそれより百年以上前ですが、献立に残るのは「グラタン」の一語だけなので、チーズなしの形が先にあったことを年代から言うことはできません。チーズを載せない理由は記録の古さではなく、牛乳と生クリームと澱粉が一時間で作る層そのものにあります。

机に肘をついて座るオーギュスト・エスコフィエの白黒の肖像写真
オーギュスト・エスコフィエ。1914年刊『The Gourmet’s Guide to London』所収の肖像。撮影者不詳/パブリックドメイン(原画像の切り抜き:Saga City、WebP変換)。

隣のサヴォワはチーズを入れる

ドーフィネの東隣、サヴォワ地方のじゃがいものグラタンはグラタン・サヴォワイヤールと呼びます。料理著述家ブランディーヌ・ヴィエは、牛肉のブイヨンでじゃがいもを炊き、薄く切ったボーフォールを使う作り方を紹介しています。ただし、地元ラ・シャルメットの会報には、ブイヨンか生クリーム、ボーフォールかサヴォワのグリュイエールを使うとあり、生クリームを使う作り方もあります。同じサヴォワのタルティフレットは、じゃがいもとベーコンと玉ねぎの上にルブロションというウォッシュタイプのチーズを皮ごと載せて溶かす料理で、ドーフィネの料理人クリストフ・アリベールは「チーズを足す人はサヴォワ人で、作っているのはタルティフレットだ」と言っています。

ドーフィネはサヴォワ公国としばしば争ってきたと、地元紙の取材でドーフィネ博物館の館長が語り、料理人アリベールの言い方では、チーズを入れるかどうかが二つの地方の作り手を分けます。チーズを足すのは我慢をやめることより別の名前の料理を作ることで、リヨン・キャピタルが引くフォンヴィエイユの言葉では、チーズは牛乳と生クリームの繊細な味を損ないます。チーズを載せずに焼くと、じゃがいもの澱粉でまとまった牛乳と生クリームの味を、そのまま食べられます。

ドフィノワ

じゃがいも、牛乳と生クリーム、にんにく、ナツメグ、塩。チーズも卵も入らない。牛乳と生クリームが澱粉を抱えて層が一つにまとまり、表面は薄い金色。

ブイヨンで焼くサヴォワイヤール

じゃがいも、牛肉のブイヨン、薄切りのボーフォール。ブイヨンで炊くので牛乳と生クリームのとろみはなく、チーズが溶けて層をつなぎ、表面はチーズの焦げ目。

まずチーズなしで焼き、チーズの日はタルティフレットにする

家で試すなら、まずグラタン・ドフィノワを、さらさないじゃがいもと牛乳と生クリームだけで焼き、チーズなしで表面に金色の膜が張るまでの一時間を一度見てみると、牛乳と生クリームの焦げ目とチーズの焦げ目の違いが分かります。チーズが食べたい日は、ルブロションを皮ごと載せるタルティフレットに持ち替えれば、ドーフィネのグラタンはチーズなしのまま残ります。

出典

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