よくある誤解 · イタリア料理

生クリームのカルボナーラはイタリアでも作られていた?

いまのローマは生クリームを入れませんが、かつてはイタリアの店でも生クリーム入りを作っていたと料理誌が伝えています。白いカルボナーラがどこから来て、なぜローマは入れないのかを追います

公開 · 読了目安 7分

生クリームを入れるのは、日本だけなのか

日本の白いカルボナーラ

日本でカルボナーラといえば、生クリームでとろりと白く仕上げたものが多く、家庭向けのレシピにも生クリームを使う作り方がよく載っています。ローマのトラットリアで同じ名前を頼むと、出てくるのは卵とペコリーノが溶け合った黄色いソースのスパゲッティかリガトーニです。材料はグアンチャーレ、卵、ペコリーノ・ロマーノ、黒胡椒の四つが基本で、この四つの中に生クリームはありません。

イタリアの料理誌は、かつて店で生クリームを使っていた習慣を紹介しています。ローマで黄色く日本で白いのは、好みの差というより、ソースの作り方が最初から別だからです。

左は卵とチーズの黄色いソース、右は白いクリームソースを絡めたカルボナーラ
左はローマ式、右は生クリーム入り。ソースの色と麺への絡み方を比較したイメージ。

イタリアの料理誌に載っていた生クリーム

カルボナーラは、イタリア料理の中では意外なほど新しい料理です。料理史家ルカ・チェザーリの調査によると、この名前が活字に現れたのは1950年で、第二次世界大戦が終わってまだ数年しか経っていませんでした。活字になった最初のころのレシピには、ニンニクやグリュイエールなど今では使わない材料も並んでいて、グアンチャーレとペコリーノの組み合わせに落ち着くまでには、しばらく揺れが続きました。

料理誌ラ・クチーナ・イタリアーナが1954年以降の自誌のレシピを振り返った記事によると、1960年代から80年代のレストランでは、ソースをなめらかにして見栄えをよくするため、牛乳や生クリームを加える習慣がありました。同誌は2010年のレシピの注記でこの習慣を振り返り、牛乳も生クリームも使わない作り方を載せています。イタリアの店にも、白いカルボナーラがありました。

ローマがクリームを入れない理由

生クリームを抜いて作ってみたら卵が固まってぼそぼそになった、という経験があると、クリームは失敗を防ぐ保険に見えてきます。ただ、その保険には代償があって、クリームの乳脂肪が卵とペコリーノの味を覆ってしまいます。生クリームを入れなければ、卵とペコリーノの味が前に出ます。失敗のほうは温度を整える技術で防ぎます。

とろみは脂と水分の乳化で出します。卵黄の脂質とタンパク質、ペコリーノの脂、茹で汁に溶け出したパスタの澱粉が、グアンチャーレから溶け出た脂と混ざり合って、麺の表面を覆うなめらかなソースになります。脂の主体はグアンチャーレのもので、それを卵黄とペコリーノがつなぎます。この乳化がうまくいくかどうかは温度で決まり、火を止めた鍋の余熱と少しずつ足す茹で汁で温度を整えるのが、ローマの料理人がこの料理でいちばん気を使うところです。

火から外して鍋敷きに置いたフライパンで、黄色いソースを絡めた麺を持ち上げる
鍋を火から外し、余熱で卵とチーズのソースを麺に絡めるイメージ。

ローマ式

卵、ペコリーノ・ロマーノ、グアンチャーレ、黒胡椒だけで作る。ソースは卵黄とチーズの黄色。茹で汁の量と温度で濃度を決めるので、冷めると卵とチーズが締まって重くなり、火が強すぎれば卵が固まる。卵とペコリーノの味がそのまま前に出る。

海外式

生クリームに、ベーコンかパンチェッタ、パルミジャーノか粉チーズ、全卵を合わせる。ソースは白い。クリームが濃度を保つので冷めても分離しにくく失敗は少ないが、卵とチーズの味はクリームの乳脂肪に隠れる。

国外に残った白いカルボナーラ

日本の家庭向けレシピにある白いカルボナーラは、生クリームでソースにとろみを付けます。イタリアの店でもかつてクリームを使っていたと料理誌が記録していますが、その作り方が日本へ伝わった経路までは、この資料からは分かりません。いまローマ式で作るなら、クリームのとろみを卵とチーズと茹で汁で作るソースに替えることになります。

海外式ではクリームに加えて、肉もグアンチャーレからベーコンやパンチェッタに替わります。グアンチャーレは豚の頬肉を塩と胡椒で漬け込み、時間をかけて乾燥熟成させたもので、ローマとその周辺の料理に欠かせません。脂の割合が高く、弱火でじっくり加熱すると透明な脂が溶け出し、この脂がそのままカルボナーラのソースの脂になります。熟成で独特の香りと甘みが出たこの脂を卵黄とペコリーノがつなぐので、クリームがなくても濃厚な味になります。

厚い白い脂身と赤い肉の層が見えるグアンチャーレの断面
グアンチャーレの断面。白い脂身の厚さが見える。写真:Popo le Chien/CC BY-SA 4.0(トリミング:SpiderMum、縮小・WebP変換)。

パンチェッタは同じ豚でも腹の部位で、脂が少なく香りも穏やかなので、グアンチャーレより軽く仕上がりますが、その脂を卵とペコリーノでつなぐ作り方は変わりません。日本で手に入りやすいベーコンは多くが燻製で、煙の香りが加わると別の味の料理になるので、それを承知で使うなら構いません。

ローマの中でも作り方は分かれる

ローマの作り手がそろって守っているのは生クリームを入れないことで、その先は店や家庭ごとにかなり違います。全卵を使う店もあれば卵黄だけにこだわる店もあるとされ、チーズはペコリーノ・ロマーノだけで通す店と、塩気を和らげるためにパルミジャーノ・レッジャーノを混ぜる店に分かれます。グアンチャーレも、厚めの角切りにしてカリッと焼く店と、短冊に切って脂をゆっくり溶かす店があり、どちらが正統かはローマの中でも分かれたままです。

そこで分かれても、生クリームを使わず、黒胡椒を効かせ、グアンチャーレの脂を卵とペコリーノでつなぐ線は共通で、そこさえ守ればどの作り方もローマのカルボナーラです。生クリームを抜く代わりに、卵を固めない温度を覚えます。家で試すなら、まず卵を入れないグリーチャで、グアンチャーレの脂と茹で汁とペコリーノだけでソースがつながる感覚をつかみ、次に火を止めた鍋で卵を加えてカルボナーラにすれば、クリームなしでも卵が固まらない温度を手で覚えられます。

出典

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