暮らしと習慣 · スペイン
農家が裁く水の争い、バレンシアの木曜正午
バレンシア旧市街のビルヘン広場では、噴水の向こうに二つの教会が並んでいます。丸いドームを載せたバシリカと、使徒の彫像で戸口を飾った大聖堂です。木曜日の正午、その「使徒の門」の前に、水路を代表する人々が集まります。旅の途中で足を止めれば、街を囲む農地の水争いを裁く、水法廷の様子を見学できます。

大聖堂の戸口で農家の代表が水の争いを裁く、この裁判はどんな仕組みなのでしょうか。水路を共同で使う人々は、自分たちで選んだ代表に口頭で争いを裁く役を託し、当事者が属する水路の代表を評議から外す手続きを守っています。その進め方をたどると、共同の水を使い続けるために、利用者自身が判断を担う自治の姿が見えてきます。
広場の裁判は、街の外の畑につながっています
この街の周辺には、「ウエルタ」と呼ばれる灌漑農地が広がっています。畑を潤してきたのは、トゥリア川から引いた水です。幹となる水路から枝分かれした流れが、それぞれの農地へ向かいます。同じ川に頼る以上、上流で誰かが多く取れば、その先に届く水が減ります。水路を掘っておくだけでは、皆の畑に水を行き渡らせることはできません。
そこで利用者たちは、水を使う順番や水路の清掃について取り決め、共同体ごとに代表を選んできました。代表自身も耕作に携わり、現場の事情と、自分たちが従う規則を知っています。水法廷に座るのは、そうして選ばれた8人です。畑仕事の経験と、水を分け合うための約束が、大聖堂前の裁判を支えています。

バレンシアのカルペサに広がるウエルタの畑。広場で扱われる水の問題には、こうした耕作地での日々の仕事が関わっています。写真: Juan Emilio Prades Bel(CC BY 4.0)/元ページ
水法廷の起源は、イスラム支配下のアル・アンダルスの時代にさかのぼるとされています。その後も水の共同利用をめぐる裁判は受け継がれ、現在もスペインの法律で認められています。長い歴史を知ると、門の彫刻と黒い農作業着をまとった裁判員の姿に目が向きますが、ここで扱うのは、今も農地で起こる問題です。
言葉で事情を聞き、身近な代表は評議から外れます
たとえば、水を使う順番を破ったり、水路を傷つけたり、隣の畑へ水を流しすぎて作物を損なったりした場合が、裁きの対象になります。ひとつの畑での振る舞いが、水路を共にするほかの人の仕事にも影響するのです。
開廷すると、係員が水路ごとに当事者を呼び出します。水路の監視役が事情を説明し、訴えられた人も自分の言葉で答えます。審理で使うのはバレンシア語です。当事者は弁護士を代理に立てず、書面を用いずに話し、必要に応じて証人や現場の確認も求められます。裁判員は質問を重ね、その場で評議して判決を言い渡します。

使徒の門の彫像の下で開かれる水法廷。裁判員の周囲には、開催の様子を見守る人々が立っています。2010年撮影。写真: Martinvl(CC BY-SA 3.0)/元ページ
このとき、当事者が属する水路の代表は評議に加わりません。普段はその水路の利用者を代表していても、その事件の結論を決める役からは外れるのです。現場をよく知る人に裁いてもらう仕組みのなかに、身近な関係が判断を偏らせないための手続きが組み込まれています。
口頭の裁判でも、規則や記録がないわけではありません。各水路の規則は文書になっており、事件の日付、関係者、訴えの理由、判決などは登録簿に残ります。口頭で進めるのは審理の手続きです。裁判員と当事者が同じ場所に集まり、説明と質問を交わして判断するため、争いの解決をいたずらに先送りせずに済みます。
正午の広場から、昼の食卓へ
見学するなら、木曜日の正午より少し前にビルヘン広場へ着き、使徒の門を確かめておくとよいでしょう。通常の公開の開廷を見るために、予約や入場券は要りません。祝日の場合は前日の水曜日に繰り上がることが多いため、訪問前に開催日を確認しておきます。言葉を聞き取れなくても、誰が説明し、誰が問い、誰が判断に加わるのかを追うと、裁判の仕組みを身近に感じられます。
広場を離れたあとの昼食には、バレンシア風パエリアも楽しみです。鶏肉やウサギ肉、サヤインゲン、大粒の豆ガロフォンなどを使うこの料理にも、周辺の畑の恵みが入っています。米の間に見える野菜から、その野菜を育てる農地へ、さらに水路へと思いをたどれば、昼前に眺めた法廷が食卓のそばまで近づいてきます。

バレンシア風パエリア。郷土料理を味わう時間も、農地と街の関わりを知る旅の一部になります。写真: Jan Harenburg(CC BY-SA 4.0)/元ページ
水を使う人が代表を選び、争いを言葉で確かめ、関係の近い代表は評議から退きます。大聖堂の戸口で見られる自治は、そうした具体的な行動の積み重ねです。広場での短い滞在のあとに郊外の畑を思い浮かべると、次の人へ水を届けるための約束が、今も木曜日の街で守られていることに気づきます。
出典
- Tribunal de les Aigües「Historia」
- Tribunal de les Aigües「Funcionamiento」
- Tribunal de les Aigües「Características」
- Tribunal de les Aigües「Visitas al Tribunal」
- Irrigation Sustainability Observatory「Irrigation heritage」
- Comunitat Valenciana「Paella valenciana」
- Plaza de la Virgen, Valencia, España, 2014-06-30, DD 163.JPG — Diego Delso / CC BY-SA 3.0
- Image license — CC BY-SA 3.0
- Comarca histórica Huerta de Valencia, campos de cultivo en Carpesa.jpg — Juan Emilio Prades Bel / CC BY 4.0
- Image license — CC BY 4.0
- Valencia Water Court.JPG — Martinvl / CC BY-SA 3.0
- 01 Paella Valenciana original.jpg — Jan Harenburg / CC BY-SA 4.0
- Image license — CC BY-SA 4.0
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