食文化 · イタリア料理
スローフードが楽しみを権利と呼ぶ理由
おいしいものを食べて楽しむ。その身近な喜びを、スローフードの宣言は権利として掲げました。ゆっくり食べるという響きの先で、何を取り戻そうとしたのでしょうか。

食べる楽しみを、権利と呼ぶ
気に入った料理を味わいながら、人と話す。食事の楽しみは身近ですが、それをわざわざ権利と呼ぶと、何から守ろうとしたのかが気になります。1989年、パリでスローフードの国際運動が発足した際、人々が署名した宣言には、楽しむ権利が掲げられていました。イタリアで始まったこの運動の名前にある遅さよりも、まず、この言葉に目を向けたいのです。
団体自身は、イタリアでの設立を1986年と説明しています。1989年の国際運動の宣言が批判したのは、機械を生んだ社会が、人の生き方まで機械の速さを手本にするようになったことでした。効率と、ただせわしなく動くことを混同するなという主張です。料理が何分でできるかを比べるだけでは、宣言が何を問題にしているかは読めません。
宣言が取り戻そうとした楽しみ
宣言は食卓から始めようと呼びかけ、土地ごとの料理の豊かさや香りを見直すことを挙げます。ここで味わう楽しみは、生産性のために生活の残り時間へ押し込めるものではありません。どんなふうに生きるかを考えるときに、先に置いてよいものとして語られています。食べる喜びを権利と呼ぶことには、生活を何の都合で組み立てるのかという問いがあるのです。
同じ宣言が、環境と風景への脅威にも触れているのは見逃せません。個人がのんびり気分よく過ごせれば話が終わる、という内容にはなっていないからです。土地ごとの味を楽しむ話は、その味が作られる場所の話へ続きます。カルロ・ペトリーニらが名を連ねた文書は、食べる人の気分から、食卓の外の条件にも目を向けていました。


食卓の外にも、おいしさの条件がある
現在のスローフード・イタリアは、おいしく、環境に配慮し、公正な食を、すべての人へという考えを掲げています。食べた人の満足だけでなく、作る人への敬意や、環境・生態系との関係を説明しているのです。1989年の宣言が生活の速度を問い直したのに対して、現在の団体の説明では、食べ物がどんな条件で生産されるかという言葉が、さらに具体的に並んでいます。
たとえば団体は、生産者から消費者が直接買える市場や、産物の背景を伝えるラベルの取り組みを紹介しています。買い手が味だけで選ぶ前に、誰がどんな条件で作ったかを知る機会を設けようとしているわけです。土地ごとの味を楽しみたいと思えば、その味を作り続ける人の仕事も気にかかる。楽しむ権利は、食べる側の都合だけで食を考えない理由にもなるのです。

ゆっくり食べる人、という像を越えて
楽しむ権利を掲げると、何を食べたいかに続いて、それを誰が作るのかという問いが出てきます。作り手が働く土地をどう扱い、その仕事をどう評価するかは、食べる人が味わう喜びにも関わるからです。市場で人に会うことや、食べ物の背景を知ることを活動に含めるのは、楽しみを一人の気分で終わらせず、その条件を作り手とともに考えようとする選択なのです。
カルロ・ペトリーニらが署名した宣言で、楽しみは、仕事が済んだあとに余れば使う時間へ追いやられていませんでした。暮らしを何の都合で組み立てるのかを考えるときに、食べる喜びを先に置いてよい。その喜びを支える人の仕事にも目を向けるなら、次に食事を楽しむとき、時間をかけた長さとは別に、食べ物が自分の前へ来るまでのことも気になってきます。
出典
- Il Manifesto dello Slow Food (1989)
- Chi siamo
- Valori e progetti
- La nostra storia
- Carlo Petrini.jpg — Bruno Cordioli - br1dotcom / CC BY 2.0、縮小掲載
- Carlo Petrini (4320759946).jpg — Bruno Cordioli from Milano, Italy / CC BY 2.0、縮小掲載
- 写真: Salone del Gusto 2016 Piazza Castello Torino.jpg — Alessandro Vargiu, Wikimedia Commons / CC BY 4.0
- 画像の利用条件: CC BY 4.0
- 写真: BraCheese2023.jpg — AnticoMu90, Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
- 画像の利用条件: CC BY-SA 4.0
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