食文化 · フランス料理

リヨン、三つ星をふたつ持った「お母さん」の街へ

リヨンで美食の歴史をたどるなら、ロワイヤル通り12番地を旅の目的地に加えてみてください。「La Mère Brazier」という店名に、一人の料理人の名が残っています。ラ・メール・ブラジエ。フランス語の「メール」は、母親を意味する言葉です。

公開 · 更新 · 読了目安 4分

ロワイヤル通りにあるラ・メール・ブラジエの外観。淡い色の壁面に店名が掲げられています。

なぜ、料理店の名に「母親」が登場するのでしょう。リヨンには、腕の立つ女性の料理人たちを「メール」と呼んできた歴史があります。その代表格がウジェニー・ブラジエ。1933年、市内と郊外に構えた二つの店で、それぞれミシュランの三つ星を得た女性です。美食の都を歩く旅は、彼女たちが誰のために料理を作り、どう自分の店を持ったのかを知ると、ぐっと面白くなります。

ソーヌ川の両岸に建物が連なり、緑の丘が見えるリヨンの全景
リヨンのソーヌ川沿いの街並み。川を挟んで建物が連なり、その背後に丘が広がる。 写真: Romainbehar, Wikimedia Commons(CC0)

屋敷の料理人が、自分の名で客を迎えるまで

「リヨンの母親たち」と呼ばれる女性たちの多くは、大きなブルジョワ家庭の厨房で働いていました。絹産業などで栄えた街には、料理人を雇う裕福な家庭があり、近隣の地方から仕事を求めて来た女性たちが、その食卓を支えていたのです。

やがて彼女たちの中から、自分の店を開く人が現れます。戦間期の不況で雇い主が使用人を減らしたことも、独立を促しました。それまで屋敷の客でなければ味わえなかった料理を、今度は料理店の客が注文できるようになります。働き手として身につけた腕が、自分の暮らしを立てる手段になったのでした。

ただし、その歩みが全員同じだったわけではありません。18世紀にはすでにメール・ギィの店があり、ブラジエも1929年の世界恐慌より前に独立しています。「母親たち」は、一度の不況から一斉に生まれた集団ではなく、異なる時代に店を営んだ女性たちの総称です。

呼び名の受け止め方も一つではありません。「メール」を親愛の呼び名とする解釈も、女性をぞんざいに呼ぶ言い方とする解釈もあります。「お母さん」という日本語から思い浮かべる優しい姿だけでは、店を切り盛りした女性たちを語りきれないようです。

白い鶏肉に黒いトリュフ、師匠の得意料理

彼女たちの食卓を想像するなら、メール・フィユーの料理から始めましょう。鶏の皮と身の間に薄いトリュフを差し込む「プーラルド・ドゥミ・ドゥイユ」は、その代表です。「半喪」という名の料理で、白い鶏に黒いトリュフという取り合わせが、名前を目にも見えるものにしています。

丸ごとの鶏の淡い色の皮の下に、黒いトリュフの薄切りが透ける料理
プーラルド・ドゥミ・ドゥイユのイメージ。鶏の皮の下から、薄切りの黒いトリュフが透けて見える。

フィユーの献立には、トリュフのポタージュ、クネルのグラタン、フォアグラを添えたアーティチョーク、プラリネのアイスクリームも並びました。彼女は約30年間、同じ献立で客を迎え続けたといいます。新しい料理を次々に考えなくても、あの一皿を食べたいという客が店に通っていたのでしょう。

このフィユーのもとで学んだ一人が、ブラジエでした。料理の名だけを眺めていたときには遠く感じられた世界も、教える人と学ぶ人のいる厨房を思い浮かべると、少し近づきます。

街の店と峠の店に、三つずつの星

ブラジエは1895年、リヨンの北にあるアン県の農家に生まれました。リヨンでは裕福な家庭に雇われ、やがてフィユーのもとなどで働きます。1921年に独立した場所が、ロワイヤル通り12番地でした。その後、西の郊外、コル・ド・ラ・リュエールにも店を持ちます。

1933年に三つ星を得たのは、この二つの店です。一軒で六つ星という意味ではなく、街の店に三つ、峠の店にも三つ。屋敷に雇われていた女性が自分の店を持ち、二つの厨房の料理がともに高く評価されたという出来事でした。

ブラジエのもとでは、のちにポール・ボキューズも修業しました。フィユーからブラジエへ、そしてボキューズへ。よく知られた料理人の名を少しさかのぼるだけで、女性たちが教え、働いていた厨房に行き着きます。彼女たちは自分の店で客を喜ばせると同時に、次の料理人が技術を学ぶ場所も作っていたのです。

ラ・メール・ブラジエの店内。白いクロスを掛けたテーブルと黒い椅子が並んでいます。
ラ・メール・ブラジエの店内。ブラジエの時代を写した史料ではなく、2019年1月の写真です。写真: Benoît Prieur(CC0 1.0)。元ページ

店名を読んでから、席につく

ロワイヤル通りの店は、いまもブラジエの名で客を迎えています。旅の予定に入れるなら、店の公式サイトでその日の献立や予約を確かめてみてください。

料理が運ばれるのを待つ間、店名の「メール」をもう一度思い出してみます。そこには、よその家で料理を作っていた女性が、自分の名で客を迎えるようになるまでの仕事があります。リヨンを美食の都にした人々の歴史は、そんな店の一つ一つで読むことができます。

出典

Chef Authen

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