食文化 · フランス料理
リヨン、三つ星をふたつ持った「お母さん」の街へ
リヨンで美食の歴史をたどるなら、ロワイヤル通り12番地を旅の目的地に加えてみてください。「La Mère Brazier」という店名に、一人の料理人の名が残っています。ラ・メール・ブラジエ。フランス語の「メール」は、母親を意味する言葉です。

なぜ、料理店の名に「母親」が登場するのでしょう。リヨンには、腕の立つ女性の料理人たちを「メール」と呼んできた歴史があります。その代表格がウジェニー・ブラジエ。1933年、市内と郊外に構えた二つの店で、それぞれミシュランの三つ星を得た女性です。美食の都を歩く旅は、彼女たちが誰のために料理を作り、どう自分の店を持ったのかを知ると、ぐっと面白くなります。

屋敷の料理人が、自分の名で客を迎えるまで
「リヨンの母親たち」と呼ばれる女性たちの多くは、大きなブルジョワ家庭の厨房で働いていました。絹産業などで栄えた街には、料理人を雇う裕福な家庭があり、近隣の地方から仕事を求めて来た女性たちが、その食卓を支えていたのです。
やがて彼女たちの中から、自分の店を開く人が現れます。戦間期の不況で雇い主が使用人を減らしたことも、独立を促しました。それまで屋敷の客でなければ味わえなかった料理を、今度は料理店の客が注文できるようになります。働き手として身につけた腕が、自分の暮らしを立てる手段になったのでした。
ただし、その歩みが全員同じだったわけではありません。18世紀にはすでにメール・ギィの店があり、ブラジエも1929年の世界恐慌より前に独立しています。「母親たち」は、一度の不況から一斉に生まれた集団ではなく、異なる時代に店を営んだ女性たちの総称です。
呼び名の受け止め方も一つではありません。「メール」を親愛の呼び名とする解釈も、女性をぞんざいに呼ぶ言い方とする解釈もあります。「お母さん」という日本語から思い浮かべる優しい姿だけでは、店を切り盛りした女性たちを語りきれないようです。
白い鶏肉に黒いトリュフ、師匠の得意料理
彼女たちの食卓を想像するなら、メール・フィユーの料理から始めましょう。鶏の皮と身の間に薄いトリュフを差し込む「プーラルド・ドゥミ・ドゥイユ」は、その代表です。「半喪」という名の料理で、白い鶏に黒いトリュフという取り合わせが、名前を目にも見えるものにしています。

フィユーの献立には、トリュフのポタージュ、クネルのグラタン、フォアグラを添えたアーティチョーク、プラリネのアイスクリームも並びました。彼女は約30年間、同じ献立で客を迎え続けたといいます。新しい料理を次々に考えなくても、あの一皿を食べたいという客が店に通っていたのでしょう。
このフィユーのもとで学んだ一人が、ブラジエでした。料理の名だけを眺めていたときには遠く感じられた世界も、教える人と学ぶ人のいる厨房を思い浮かべると、少し近づきます。
街の店と峠の店に、三つずつの星
ブラジエは1895年、リヨンの北にあるアン県の農家に生まれました。リヨンでは裕福な家庭に雇われ、やがてフィユーのもとなどで働きます。1921年に独立した場所が、ロワイヤル通り12番地でした。その後、西の郊外、コル・ド・ラ・リュエールにも店を持ちます。
1933年に三つ星を得たのは、この二つの店です。一軒で六つ星という意味ではなく、街の店に三つ、峠の店にも三つ。屋敷に雇われていた女性が自分の店を持ち、二つの厨房の料理がともに高く評価されたという出来事でした。
ブラジエのもとでは、のちにポール・ボキューズも修業しました。フィユーからブラジエへ、そしてボキューズへ。よく知られた料理人の名を少しさかのぼるだけで、女性たちが教え、働いていた厨房に行き着きます。彼女たちは自分の店で客を喜ばせると同時に、次の料理人が技術を学ぶ場所も作っていたのです。

店名を読んでから、席につく
ロワイヤル通りの店は、いまもブラジエの名で客を迎えています。旅の予定に入れるなら、店の公式サイトでその日の献立や予約を確かめてみてください。
料理が運ばれるのを待つ間、店名の「メール」をもう一度思い出してみます。そこには、よその家で料理を作っていた女性が、自分の名で客を迎えるようになるまでの仕事があります。リヨンを美食の都にした人々の歴史は、そんな店の一つ一つで読むことができます。
出典
- リヨン第3区役所「Quelques Lyonnaises remarquables」
- La Mère Brazier「L’Histoire d’Eugénie Brazier, fondatrice du Restaurant La Mère Brazier à Lyon」
- リヨン観光局「Les mères lyonnaises」
- ミシュランガイド「Histoire des Mères lyonnaises… et d'ailleurs」
- Patrimoine-Lyon「Les Mères Lyonnaises」
- Cybèle「Gare aux mères Lyonnaises」
- La Mère Brazier 公式サイト
- Wikimedia Commons「Lyon - Restaurant de la Mère Brazier.JPG」
- Wikimedia Commons「Intérieur du restaurant La Mère Brazier (Lyon) - 1.jpg」
- 写真: Lyon - Panorama sur la Saône depuis le toit d'un immeuble montée de l'Observance.jpg — Romainbehar, Wikimedia Commons / CC0
- 画像の利用条件: CC0
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