基礎知識 · フランス料理・イタリア料理・スペイン料理

モルタルのない壁をたどって、地中海の村へ

スペインのマヨルカ島、トラムンタナ山地にあるバニャルブファルでは、斜面に広がる村の周囲から海へと農業用の段々畑が続いています。マヨルカ島北西岸沿いのこの山地では、空石積みの壁で斜面を支え、耕せる土地をつくってきました。まずは、この地域の村と畑の風景から、石を積む仕事をたどってみましょう。接着材を使わずに、どうして壁は立っていられるのでしょうか。

公開 · 更新 · 読了目安 4分

マヨルカ島バニャルブファルの村と段々畑、その先に広がる海

その安定を支えているのは、石の形や大きさを見極めて選び、地形や気候に合わせて配置する技能と、壁を築き、維持し、修復する共同作業を通じてその技能を受け継ぐ人々です。

バニャルブファルの村の階段と石造りの家並み
バニャルブファルの村の階段沿いに、石造りの家や緑の窓扉、植木鉢が並んでいます。写真: Malopez 21(CC BY-SA 4.0)/元ページ

石を置く向きに、理由があります

モルタルなどを使わずに石を積む技法を、日本語では「空石積み」と呼びます。壁を保つうえで大切なのは、石の重さと、石同士が接する面で働く摩擦です。ただ重い石を重ねても、傾いた面で滑ったり、一つの石がぐらついたりすれば、周囲の石まで動きやすくなります。積む人は石を選ぶたびに、どの面を下にすれば落ち着くか、隣の石とどう接するかを判断します。

よく使われる工夫の一つが、下の二つの石の継ぎ目を、上の石でまたぐ積み方です。継ぎ目が縦に続かないようにし、上の石を下の石が支える関係をつくります。また、細長い石は長い方向を壁の奥へ向けて置きます。表から見える部分だけでなく、壁の厚みの中でどう収まるかまで考えているのです。整然と並んで見える壁にも、不ぞろいな石が続く壁にも、一つずつ置き方を確かめる仕事があります。

マヨルカ島エスポルレス、サ・グランハの草が生える空石積みの壁
マヨルカ島エスポルレスのサ・グランハで見られる空石積みの壁。石の隙間には植物が育っています。写真: LBM1948(CC BY-SA 4.0)/元ページ

壁の内部にも工夫があります。両側に石を積み、その間を小ぶりの石で詰める形式では、内部の石も一つずつ配置して、外側の石が動く余地を減らします。下部を広くし、上へ向かって少しずつ狭める形も、典型的なつくりです。ただし、使える石や壁の役割によって積み方は異なります。旅先で見るすべての壁が、同じ断面をしているわけではありません。

マヨルカ島では、斜面と水を読みます

スペインのマヨルカ島、トラムンタナ山地では、石積みの壁が段々の耕地を支えています。急な斜面に平らな場所をつくり、オリーブなどを育てられる土地へと整えてきました。畑や土地の境を示す壁とは違い、ここでは斜面の土を留める役割も担います。村の周囲に続く段々畑を眺めると、石を積む仕事が、そのまま農地をつくる仕事だったことが分かります。

マヨルカ島フォルナルッチ近郊の段々畑に育つオリーブ
フォルナルッチ近郊のオリーブ畑。斜面を幾重もの空石積みの擁壁が支えています。写真: Kai Schreiber(CC BY-SA 2.0)/元ページ

その仕事には、水への理解も欠かせません。段々畑の配置は、斜面の傾きや岩石の性質、水の流れを踏まえて決められ、溝や地下の排水路などと組み合わせられてきました。石の選び方だけでなく、雨が降ったときに水がどこへ向かうかまで考えるのです。長い乾燥期がある土地で水をどう扱い、土の流出をどう防ぐか。その知識も、空石積みの技能に含まれています。

クロアチアのパグ島、コランの村の手前に広がる空石積みの壁
クロアチアのパグ島、コランの村の手前に続く壁は、土地の境界を示しています。写真: Isiwal / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)/元ページ

壁を直す時間に、技能が受け継がれます

マヨルカ島には、「マルジェー(marger)」と呼ばれる空石積みの職人がいます。身近な石の性質を知り、道具で必要な部分を整え、用途に応じて積み上げる仕事です。修復では、もとの石を再び使うこともできます。一度積んだら終わりではなく、土地にある材料を使いながら手を入れていくところにも、この技法の特徴があります。

こうした技能は、壁を築くときだけでなく、維持や修復のために人々が一緒に働く場でも受け継がれています。石の形と重さが一つずつ違うため、知識を実際の配置へ移すには、その場で判断する経験が要ります。共同作業は、壁を保つと同時に、次にその壁を扱う人を育てる機会にもなります。

次に村の石壁に出合ったら、少し歩みを緩めてみてください。継ぎ目のずれ方、石が奥へ入る向き、壁の足元から続く水の通り道。見える範囲をたどるだけでも、素朴に見えた景色の細部が気になってきます。その向こうの畑を耕し、壁を直してきた人々の仕事を思いながら歩けば、村の風景をもう少し近くに感じられそうです。

出典

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