よくある誤解 · フランス料理

グラース、花を育てる人から香りをつくる人へ

南フランスのグラースは、コート・ダジュールの海を見下ろす丘の街です。斜面に家々が重なり、旧市街には細い坂道や階段、小さな広場が入り組んでいます。色のついた壁を見上げながら路地を歩くときも、この街が海辺から一段高い場所にあることを足元で感じられそうです。「香水の都」という華やかな呼び名にひかれて訪れるなら、香水瓶が並ぶ店先から、その中身ができるまでの仕事にも目を向けてみませんか。

公開 · 読了目安 4分

グラースの街並みと周囲の丘陵を望む風景

グラースとその周辺で受け継がれてきた香水の技術は、調香師だけではなぜ守れないのでしょうか。受け継ぐ技能には調香に加えて香料植物の栽培と天然原料の知識・加工も含まれ、土壌や天候、植物を知る仕事から香りを取り出す仕事まで、長い学習を通じて伝える必要があるためです。香りを組み合わせる調香室へ進む前に、まずは花の育つ畑を思い浮かべてみましょう。

この地方では、五月に咲くバラやジャスミン、オレンジの花、スミレ、ミモザなどが栽培されてきました。なかでも白い星形の花をつけるジャスミンは、土地の仕事を知るよい入口です。グラースで育てられる大輪のジャスミンは、暑さが厳しく土が乾くと、八月に開花が止まり、湿り気の戻る九月に再び花を咲かせることがあります。花の季節は、暦のとおりに進むとは限りません。

花を育てる人は、そうした植物の反応と付き合っています。土の状態や天候、植物の生理、園芸の知識が香水づくりの技能に含まれるのも、畑ではそれらを切り離せないからでしょう。花の名前と香りを覚えるだけでは、翌年も同じように花を咲かせ、原料を収穫する仕事までは引き受けられません。旅先で目にする一面の花の美しさには、花のない時期にも続く栽培の仕事があります。

ジャスミンの収穫は、年によって違いがありますが、七月から十月ごろに行われます。朝の早い時間に、一輪ずつ、花を傷めないように手で摘みます。摘み取る花の小ささを思えば、畑で過ごす時間の長さも想像できるでしょう。収穫した花は香料の原料になりますが、花を集めたところで仕事が終わるわけではありません。続いて、その香りを取り出す加工が待っています。

1932年、グラースのジャスミン畑で収穫する人々
1932年のグラースのジャスミン畑を写した記録写真。花のついた低木の間で、籠を携えた二人が収穫しています。写真: Central News/Agence Rol(パブリックドメイン)/所蔵: フランス国立図書館/元ページ
グラースの建物の間を通る細い路地
建物の間を抜けるグラースの路地。全景で眺めた家並みの内側には、こうした細い道が続いています。写真: Dorianb(CC BY-SA 2.5)/元ページ

香りの取り出し方は、植物によって異なります。蒸留では、水蒸気が植物の芳香成分を伴って装置の中を進み、冷やされて液体に戻ります。その後、水と精油が分かれる性質を利用して精油を取り出します。原料のどの部分を使うかによって下準備も変わり、根を細かく切る、種を砕くといった作業が加わります。同じ装置を使えば、どの植物からも同じように香りが取れるわけではないのです。

ジャスミンのように熱で香りが変わりやすい花には、かつて「冷浸法」と呼ばれるアンフルラージュが広く用いられました。ガラス板に塗った無臭の脂肪の上へ花を置き、花を繰り返し取り替えながら香りを脂肪へ移す方法です。現在は揮発性の溶剤を使った抽出などに多くが置き換わりましたが、古い道具を見ると、繊細な花をどう扱うかという工夫が伝わります。栽培を知る人に続いて、天然原料の性質と加工を知る人がいる。その仕事を経て、調香師の使う原料が整います。

グラースで展示されている古い香料用の蒸留器
グラースで展示されている古い蒸留器。香水づくりの歴史には、植物から香りを取り出す装置の工夫も含まれます。写真: Dennis G. Jarvis(CC BY-SA 2.0)/元ページ

調香師は、こうして得られた天然原料や合成原料を組み合わせて香りをつくります。数多くの香りを記憶し、配合を考える創造力が求められる仕事です。その才能が十分に発揮されるためにも、使う原料を育て、加工する人々の技能が欠かせません。調香師の育成だけを続けても、畑での判断や抽出の技術を伝える人がいなくなれば、グラースの技能全体を受け継ぐことはできないでしょう。

この土地の知識は、主に香水関連の仕事の現場で、長い時間をかけて非公式に伝えられてきました。一方で、体系立てた教育も行われています。香水を学ぶ学校では、業界で経験を積んだ講師が教え、実習を重ねることを大切にしています。香りを説明する言葉を覚え、その原料に触れ、繰り返し確かめる時間が、次に仕事を担う人を育てます。

グラースを歩く旅も、花と香料と香水を順にたどると、見え方が変わります。旧市街で香水を選び、展示室で蒸留器を眺めたあとには、その原料が育つ土地にも思いを向けてみてください。小さな瓶を手に取るとき、白い花を摘む指先や、土と天候を気にかける日々まで想像できたら。香水の都は、華やかな香りとともに、そこに暮らす人々の仕事を知る旅先になります。

出典

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